新しいテント 

荒木です。

キャンプ好きです。

今年新しい二人用テントを買った。

子供と行く用。

ギアトップというメーカーの中国製。

冬でも雪でも使えるタイプ。

安い!

Amazonレビューが良かった。

何よりこの色が好き。

アーミーグリーンみたいな色。

梅雨を避けて、早く使ってみたい。

おでんせ運営委員会 

荒木です。

今日はおでんせ中の島の運営委員会。

コロナで2ヶ月ぶり。

入居者含めて委員もみんな元気そうでなにより。

高齢者の方々のオリジナルな生き方を今後発信予定!

建物設計かつ運営にも関わる。

これからの超高齢化社会を見据えて。

その独自のノウハウを全て伝えます!

言いたいことは沢山ある

荒木です。

今、、、コロナやら、検察庁やら、アメリカ人種差別やら、色々ある。

身近には、、、今までと違う仕事上の配慮、今後の不安、子供の小学校再開、保育園再開への不安、色々ある。

色々言いたい。

確かに色々言いたいよな。

検証したいよな。

何が確かなのか確かめたい。

でも、おれは色々聞いてじっと考える。

大事な人とちゃんと話す。

信頼できる人と突き詰めて話す。

今は、感情的にならずに、身近な人の顔をよく見よう。

あの人は今元気か?

あの人も今頑張ってるか?

あの人は今笑っているか?

自分の大切な人が今日、楽しく過ごせている考える。

声を上げればよい、だけじゃない。

今、本当に、人間としての理性と知性が試されている。

声を上げることが全てじゃない。

大きな声にならなくても、その理性と知性が、国民全体の民度を上げるでしょ?

じゃあ、今日も、家族の寝顔を見て、本読んで寝ます。

門前仲町 現場9 

荒木です。

気持ちの良い天気。

5階の配筋進んでます。

下の階は、サッシの取り付けなども進行中。

やっぱり現場は楽しい😃🎵

換気コロナ対策で安くて早くてカッコいい方法(店舗用)

荒木です。

昨年竣工した妙蓮寺の動物病院。

コロナ対応で、待合室の自然換気のためのちょっとした工事。

ホームセンターで買える、ツーバイフォーとワンバイフォーの木材、網戸を使って、工務店の監督に作ってもらった。

ワンチャンいるから、網戸だけじゃだめで、外に出ないための柵もかねてます。

これで、前面南側のはきだしの開き窓が全開換気可能に!

夜も虫が入らないし、お客さんが何より安心じゃん。風めっちゃ流れるようになったから。

天井と床には、一切傷つけてない。(これがポイント。仮設の可能性あるから。)

しかも4時間くらいで完成。

そして、カッコいい。

もちろん、あったかい雰囲気。

極めつけは、めちゃ、安い!

実はほとんど、監督のアイデア。(笑)

持つべきは、優秀な仕事仲間!(笑)

このコロナの時期に、換気を、より簡単により安くよりカッコよく。

必要な人には、作り方全部教えます!

ついでに監督も紹介します。(笑)

検察庁法改正案の問題の核心

荒木です。

今、世間を賑わせている検察庁法の改正案。

どこが問題の核心なのか。

是非、ビデオニュースドットコム、での無料のニュースコメンタリーを見るべき。

そもそも、一般人が改正案の法案を全て見て、正解に解釈することは不可能だ。

建築基準法改正だって、うちらは正解にわかるけど、普通の人には上部だけしか分からない。法文とはやはりそういうモノだと思う。前後関係が必ずあるから。

だから、正しさにちゃんとコミットしている、番組、ジャーナリストから、情報を仕入れればよい。

40分で問題の核心がわかる。

問題なのは、問題の中心が、黒川氏だけになってしまっていること。検察が被害者みたいになってしまっていること。

そもそも法案施行は、2024年。

黒川氏はそのころ既に引退してるから改正案と関係ない。

一方で、ホリエモンの言う、巨大な検察の力を削ぐために改正が必要、というのも、正しい。

内閣が、検察をちゃんとウォッチできるのは超重要だが、なぜ今の内閣が、自分たちに直接利益のないかもしれないこの法案を急いで通すかが疑問。

つまり、今の内閣は官僚にうまく説得されて、突き詰めて考えていない可能性があるのでは。。自らが混乱してるのではないか。。適切にまとめる人がいないのではないか。。

そもそも黒川問題は、今の検事総長の稲田さんが、頑張って慣例をうち壊して、65歳までやれば良い話。改正案とは何にも関係ない。

問題の核心が自分の頭では明らかになった。

さて、何が言いたいかと言うと。。

コロナ、検察庁法で、いま皆が政治発言をする空気に恵まれている。

芸能人は炎上中だが、やっぱこれはチャンスだ。

意見することは素晴らしいことだ。

だからこそ、みなそれぞれで少し慎重になり、「問題の核心を見破る力」が必要になってくる。

SNSや、テレビからは、その力はつかない。

信頼する友人や知識人、メディアをみつけ、少し時間をかけて、一つの議題を突き詰めて考えること。

これしかない。

そうすれば日本人全体の民度が、ぐっとあがり、健全な社会が、微かな光が、どこかに見えてくると信じている。

キリスト教とか 

荒木です。

最近、森鴎外とか夏目漱石とか川端康成とか三島由紀夫とかばっか読んでたら、なんか違う知識を入れたくなって、聖書とキリスト教を一から勉強してる。

別に入信するわけじゃない。

西洋社会を支えているキリスト教について、アメリカとキリスト教の関係について、もっと深く知りたくなった。

ユダヤ教、神ヤハウェ、原罪。。。

キリスト教が、聖書が、非常に論理的な思考で出来上がっていることを、初めて知り、驚いている。

あ、写真は、長男と次女が1才のころにお世話になった保育園の園長先生からもらった色紙。

キリスト教だったんだな、と。

素敵なプレゼントだったなー、と。

妄想 森鴎外 

荒木です。

森鴎外の短編集『山椒大夫・高瀬舟』に掲載されている一編、『妄想(もうぞう)』。

森鴎外の当時の読書の仕方、姿勢に、共感した。

彼の生業である自然科学以外の読書の仕方、姿勢である。

「ただその読み方が、初めハルトマンを読んだ時のように、餓えて食を貪るような読み方ではなくなった。昔世にもてはやされていた人、今世にもてはやされている人は、どんな事を言っているのかと、たとえば道を行く人の顔を辻に立って冷淡に見るように見たのである。

冷淡には見ていたが、自分は辻に立っていて、度々帽を脱いだ。昔の人にも今の人にも敬意を表すべき人が大勢あったのである。

帽は脱いだが、辻を離れてどの人かの跡に附いて行こうとは思わなかった。多くの師には逢ったが、一人の主には逢わなかったのである。」

読書する時は、良い意味での同情や熱意をもたずに、辻に立って、様々な知識人の知恵や感覚に思いをめぐらすこと。

どんどんその知恵や感覚に影響を受けて、脱帽し、今の人も昔の人も関係なく、尊敬の念をいだく。

ただだからと言って、その中の特定の人を真に敬慕し、その後を追いかけ、信仰することはなかった、と。

そうだよな。。

本は、辻に立って冷淡に、読みたい。

高瀬舟 森鴎外 

荒木です。

「・・・、人の一生というような事を思ってみた。人は身に病があると、この病がなかったらと思う。その日その日の食がないと、食っていかれたらと思う。万一の時に備える蓄えがないと、少しでも蓄があったらと思う。蓄があっても、又その蓄がもっと多かったらと思う。かくの如くに先から先へと考えて見れば、人はどこまで往って踏み止まることが出来るものやら分からない。それを今目の前で踏み止まって見せてくれるのがこの喜助だと、庄兵衛は気が附いた。」

森鴎外 『高瀬舟』

喜助のように、理由はなんであれ、それが成り行きであったとしても、結果として踏み止まった人は、「ごう光(仏のびゃくごうから四方に発せられる細い光)がさすように」、僕にも感じられる。

良く生きる、とか、うまく生きる、とかじゃない。

ただ踏み止まってしぶとく生きる、という価値に近い気がする。

森鴎外の世界観、人生観にもっと触れてみたいと思う。

オリジナル授業 

荒木です。

小学校がないので、子供たちは、なんとかドリルとかで勉強。

学校から課題が出てるみたいだけど、見るからに面白くない。

しょうがない。カリキュラムとはそういうもの。

だから時々、僕のオリジナル授業。

例えば体育。

「布団を引いてバック転をしよう!」

例えば図工。

「自分の夢の家、の絵を書こう!」

めちゃくちゃ面白い、らしい。

おやつも忘れてやってる。

今こそ、親の特技、仕事に関わるオリジナル授業を自分の子供に!

妙蓮寺 完成17 

荒木です。

4階です。

ここの窓は、吐き出し窓です。

腰壁はありません。

なぜなら、この高さ(地上8mくらい)まで上がると、目の前に高い建物はないし、道路の音も聞こえにくくなるから。

こうやって、階ことに少しずつ窓の大きさを調整することで、型枠の工事費用はちょっと高くなるけど(階ごとの使い回しができないから)、バリエーションが出来て、家賃に直結する付加価値を与えることが出来る。

正直最初、不動産屋さんは、そこまで考えて家賃設定はしてくれないかもしれない。

ただ、入居者は、その階ごとに考えられた快適さから、それぞれその部屋が気に入り、長く入居したくなるに違いないと考えている。

長い目でみたら、良いことが多い。

その辺りを、オーナーと沢山話して決めたプランなんです。

門前仲町 現場8 

荒木です。

二階の空間。

コンクリート打設前は、こんな感じです。

壁と天井を一緒に打ちます。

天井の光は、そこに仮の穴が有るからです。

コンクリート打設後に、型枠を上の階に上げるための作業用の仮穴です。

その作業後にちゃんとコンクリートで閉じます。

コロナとの対決

荒木です。

例えばコロナに直撃しているひとほど、例えば子供が小さい人ほど、例えば真面目な人ほど、今のコロナ騒動に関連して、悩み、迷っていると思う。

何が正解か。

例えば仕事をどう回していくか。

例えば子供がみんな家にいてどのように生活を回していくか。

自粛のレベルは、どこだ?

みんな自分(親分、親父、社長、リーダー)の指示を待っている。

そんな感覚だろう。

迷う。。。

迷う。。。

上からもっと強制的に指示された方が楽だ、ロックダウンしてもらった方がよっぽど良い。

独裁的に上からやってもらった方が良い。

と思う人も多いかもしれない。

でも、それはダメだ!

ウィルスの思うつぼだ!

だってどんなに独裁的に、鎖国的にウィルスを閉じ込めても、ウィルスは死なない。歴史が語っているじゃないか。

いまこそ、身近な仲間と情報を共有し、「自分たちで考え、自分の振る舞いを臨機応変にコントロール」しなければならない。

政治に頼るな。

今までの仲間との信頼をフル活用して、情報を共有し、正しくコロナを恐れる。

易きに流れては、絶対ダメだ。

いま思想的に易きに流れることは、長い目で、ウィルスへの負けを意味する。

自分で考え、身近な信頼できる人間関係を便りに迅速な判断を繰り返す。

政治に頼るな。

まさに今、自分が試されている。

(もう、コロナ投稿は、一旦これを最後にしよっと。。。だって長い目でみて、もうどんどん先に進まなければならないでしょ。)

ユヴァル・ハラリとコロナ2 

荒木です。

ユヴァル・ハラリのコロナウィルスに関する論考。第二段。

新型コロナウィルス以後の世界とは?についての論考。

全文公開第二弾! ユヴァル・ノア・ハラリ氏(『サピエンス全史』ほか)が予見する「新型コロナウイルス後の世界」とは? FINANCIAL TIMES紙記事、全文翻訳を公開。

この危機に臨んで、私たちは2つのとりわけ重要な選択を迫られている。第1の選択は、全体主義的監視か、それとも国民の権利拡大か、というもの。第2の選択は、ナショナリズムに基づく孤立か、それともグローバルな団結か、というものだ。

このように、新型コロナウイルス感染症の大流行は、公民権の一大試金石なのだ。これからの日々に、私たちの一人ひとりが、根も葉もない陰謀論や利己的な政治家ではなく、科学的データや医療の専門家を信じるという選択をするべきだ。もし私たちが正しい選択をしそこなえば、自分たちの最も貴重な自由を放棄する羽目になりかねない――自らの健康を守るためには、そうするしかないとばかり思い込んで。

「人類は選択を迫られている。私たちは不和の道を進むのか、それとも、グローバルな団結の道を選ぶのか? もし不和を選んだら、今回の危機が長引くばかりでなく、将来おそらく、さらに深刻な大惨事を繰り返し招くことになるだろう。逆に、もしグローバルな団結を選べば、それは新型コロナウイルスに対する勝利となるだけではなく、21世紀に人類を襲いかねない、未来のあらゆる感染症流行や危機に対する勝利にもなることだろう。」

ああ。

そういうことだよな。。

うん。

僕もそう思う。

今回のような全世界的な非常事態に対しては、このハラリ氏のような、大局的で、極めて歴史的な考察が必要だと、強く思う。

戦前戦後があるように、コロナ前コロナ後というピリオドが必ず出現されると思うから。

ユヴァル・ハラリとコロナ1 

荒木です。

コロナについて。

今のメディア、政治(与党も野党も)への文句はぐっとこらえて。。。ぐっと飲み込んで。。。

ユヴァル・ハラリのコロナウィルスに関する論考。第一段。を見たよ。

コロナに向き合う姿勢について、大局的には、これだけを読めば良いと思った、いまのところは。

今そこにある危機だからこそ、より大きく、大局的に、長い目でみよう!

歴史的に。哲学的に。

そうでもしないと、うちら、ウィルスって奴等に負けるぞ。今回も、これからも。

『サピエンス全史』のユヴァル・ノア・ハラリ氏、 “新型コロナウィルス”についてTIME誌に緊急寄稿!

今回の危機の現段階では、決定的な戦いは人類そのものの中で起こる。もしこの感染症の大流行が人間の間の不和と不信を募らせるなら、それはこのウイルスにとって最大の勝利となるだろう。人間どうしが争えば、ウイルスは倍増する。対照的に、もしこの大流行からより緊密な国際協力が生じれば、それは新型コロナウイルスに対する勝利だけではなく、将来現れるあらゆる病原体に対しての勝利ともなることだろう。

そう思うよ。。

さあ、今こそグローバルな信頼と団結を!!!

緊急事態宣言

荒木です。

昨晩、緊急事態宣言が出た。

今、避けられない現場検査への電車の中だが、スマホの中では、メディアやSNSが、不安をあおるのに必死だ。

今そこにある危機、として、先ずはウィルスの収束、経済は二の次で、命が大事、命が大事!

みんな、見えない不安の中で、自分こそが、預言者になりたいんだ。

でもね。

そんなの言われなくても分かっていますし、その不安ベースの偏った意地みたいなやつが、世を狂わせる。

だからこそ、いつも以上に自分でバランスを考えよう。いつまでも、任せてブー垂れていてはダメだ。

へんな預言者は、失笑して終わりにしよう。

さて、どんなに専門家の話を聞いても、このウィルスとの戦いはマラソンみたいな長期戦だよな。

だからこそ、長い目で、「正しく恐れる」ことが大事なんだと思う。

一年後に自分がかかる、確率も十分あるんだし。

疲弊せずに、どのように経済活動に乗っていくか。

情報に関しては、信頼できるジャーナリストから情報を仕入れ、友人たちや仕事仲間たちと情報を交換し、デマを流しがちな人(それがどんな人かは先週分かったでしょ?)の情報は、疑い深く確認する。

そして、「コロナ後の世界は来るか」、も考える。

ユヴァル・ハラリの新聞への寄稿。

これを、今日の電車の行き帰りに読むこととする。

夏目漱石 草枕の冒頭 

荒木です。

「智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情(じょう)に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角(とかく)に人の世は住みにくい。

住みにくさが高じると、安い所に引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画(え)が出来る。」

夏目漱石 『草枕』

冒頭からなんと美しい日本語だろうか。

記録によれば、1906年発表。本人39歳の時。

私いま、41歳。

改めて何度も音読したい文に出会う。

コロナとマスクと私

荒木です。

 

政府がこのタイミングで、マスク配布を数十億かけて行うことについて、政府はほぼ四面楚歌状態です。

 

なぜ、決して馬鹿ではない、官僚や政治家が、この判断をしなければならなかったか、そこを考える必要がある。

 

「馬鹿だ」とか「あきれた」という種類の一時の感情をぶつけるコメンテーターや自称著名人は即刻退場頂きたい。

 

それが一番おろかなことだ。

 

何も生み出さん。

 

そんなことはダレでも分かっている。

 

さて、この政策の原因はいくつもあるだろう。

 

まず、行政府の権限が強すぎること。

 

そのために官僚が極度の座席争いをせざるを得ないこと。

 

国民の民度(知的水準)が低いがゆえに、政治ウォッチが正しくできていないこと。

 

国民の民度(成熟度)をあげるための、経済的、時間的余裕がないこと。

 

市民が、平時は政治を他人任せにして、そもそも問題を自分事として考えることをしていないこと。

 

私を含めて、平時に、正しさよりも楽しさをもとめて、「反知性」を加速させていること。

 

そう、結局つきつめると、「私」の問題なのだ。

 

「私」に圧倒的に「知性」が足りないのだ。

 

日本人は何を失ってきたのか。どうして、こんなに中身がないことしか出来ず、「すっからかん」なのか。そのうえで、未来志向として、日本人は、私は、何を志し、何を満たしていくのか。何を満たして死んでいくのか。

 

幸い今、自粛がもとめられ、家にいることが多いではないか。

 

私は、あらためて「古典」に帰ろうと思う。

 

森、夏目、川端、三島。

 

明治から昭和について。

 

文明開化から戦後まで。

 

今こそ、「反知性」からの脱却を!!!

門前仲町 現場7 

荒木です。

2階壁配筋終わり、内側の型枠を作っている。

型枠大工さんが窓枠を作っているところ。

以外に大きい窓。

部屋のプロポーションにちょうど良い大きさ、となる予定。

三島由紀夫 文化防衛論

荒木です。

今、三島由紀夫と東大全共闘の映画がやっているし、地元のパパ友と三島由紀夫について話したことがきっかけで、彼が気になるこの頃。

読んでない彼の代表作、読み進めたい。

その上で、文学ではなく政治論、『文化防衛論』について。

「私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感を日増しに深くする。日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。」

1970年の自決の直前の夏に書いた手記。

この遺書のような部分は、今回何度も読み返した。

じゃあ、逆に彼が求めたであろう、「有機的で、内実性があり、アクセント色の強い」日本とは、どのようなものだったのか。

昨今のコロナウィルスの最中、自宅にこもりながら、子守りを放棄して(笑)、思いをめぐらせている。

三島没後50年、彼を単なる政治的ヒーローにしてはならない!が、それぞれが、彼の言葉に思いを馳せ、誰かしらと語ってみる必要性は、強く感じるのである。

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